迎えが来ない

2020/08/23
母が亡くなる少し前のこと。その頃には寝たきりになっていた母がぽつんと「〇〇が迎えに来ない」とつぶやいた。「〇〇」というのは父の名前だ。
・・・来るわけないよ。。お父さんはいつだってあなたを迎えに来たりしなかったじゃない。声には出さず、私は心の中で母にそう言った。

母はとても気性が激しくて、父もまた負けずに癇癪持ちで譲らないところがあった。そんな二人は結婚当初から度々ひどい夫婦喧嘩をして、母は幾度も「実家に帰らせていただきます!」と家を飛び出して行ったのだそう。(私の知る限り、私たち姉妹の中にそれをやって実家に戻った者はいない。反面教師やね...)

そんなときに父が母を迎えに行くことはなく、いつも祖母(父の母)は父の代わりに誰かれを母の実家へ「迎えの使者」として送り込んだ。
それは祖父であったり、年の離れた父の妹だったり、または、幼い子供の誰かが一緒に連れて行かれることもあったらしい。
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うちは自営業なのだが、他人が見聞きできるところでも、二人は大きな声で激しい言い争いをしたらしい。
そんなときに、母にとっては姑にあたる祖母が「人に聞こえるから..」と母をたしなめると、母は「聞きたい人には聞かせておけばいい!」と言い放ったそうだ。(この話、叔母から何度も聞かされた...)
それでも、祖父母は嫁である母を大事にしてくれたのか?、母は祖父母のことを敬愛しずっと慕っていた。母のことを「宇宙人」と初めに呼んだのは祖母だったと聞いたけど・・・祖父母はきっと"できた大人"だったんだろうね。
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fight club / Karamellzucker
年月が経ち私たち子供が成長しても尚、母は性懲りもなく(癇癪を爆発させては)家を飛び出して行った。
長女である姉など、結婚して母となってからも、幼子を背負い実家に戻っていた母を迎えに行ったことがある。
それでも、父は決して母を迎えに行かなかったけどね...。



寝たきりになっても母はわりとしっかりしていて、ちゃんと会話できた。けれど、さすがに年をとって弱々しくなっていて、そんなあるとき「〇〇が迎えに来ない」とつぶやいたのだ。
母は、他の誰かではなく「夫」に迎えに来てほしかったんだろうね。
そしてもしかしたら、今も待っている??

けど、たとえそうだとしても(そンなことが可能かどうかは別として...)やっぱり父は来ない..と私は思う。
迎えに来るどころか、イタズラっぽく笑って「もう少しそっちでゆっくりしておいで」なんて言いそうだ。( ´艸`)
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父と母が仲の悪い夫婦だったかというと...、そうでもあり、またはそうでもなく...、仲睦まじそうにしていることもけっこうあった。
父は、母を美容院へ送り迎えしたり、スーパーへの買い出しも嫌な顔もせずにつき合うような、やさしいところがあった。だけど、捨てゼリフを残して実家に帰った妻を迎えに行くなんてことは、父のプライドが許さなかった..と私は思う。
二人は父が亡くなるまで58年連れ添ったし、金婚式の祝いには家族みんなで旅行もした。その旅行は3月末だったのだが、時期的に降るはずのない雪まで降った。同行していた叔母(かつて母を迎えに行かされた、父の年の離れた妹)が「(この二人がこんなに長く連れ添って)天も驚いている」と言い、皆で笑ったことは忘れられない。
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父が迎えに来ない。そうつぶやいてからひと月ほどのちに母は他界した。
結局、母を迎えに来たのは祖母だ。なぜなら、その日は祖母の命日だったから。
生前いつも母が家を飛び出す度に、誰それを母の実家へと迎えにやっていた祖母。「しょうがない、私が迎えに行きますかね」そう言って、おばあちゃんが最後に来たね。..と、私たちは大いに納得したけれど・・・父と母、いまは向こうで仲よくしているかしら?



volde / ansik
「憎まれっ子世に憚る」っていうけれど、それはつまり「迎えが来ない」ということなんだな..と、この母のつぶやきを聞いて思った。
私も自分でも憎まれっ子かもしれないと思うけど、、でも実はもう「お迎え」は予約済みなのだ。
というのは...、以前、病気になり「こんなになって情けない」と落ち込む父に、「お父さんはいいよ。こうして子供が病院に来てくれるじゃない。子供のいない私は、年とって病気したらホントに惨めだよ」と言ったことがある。すると父は「そうか、そうやなぁ..、そのときはわしが...」と言い、しばしの沈黙したのちに「迎えに来てやろう!」と力強く言ってくれたのだ。私は「(・・)エッ?」と驚きながらも、すぐに「きっとよ!」父に念を押した。そして二人で「アハハハ」笑って、その約束は成立したのさ。だから父はきっと来てくれる、今もそう信じている。(^^)ムフフ