ジュリア

2018/09/14

*古いブログから(2013/6/17)

昨日ジュリアからメールが届いた。嬉しかった。彼女が去って、もうひと月以上。ようやく向こうでの生活も落ち着いてきたらしい。

ついにジュリアが国へ帰るという別れのとき、ハグの習慣はないけれど握手くらいはしたいな..、そう思っていたのに、ジュリアは荷物を山ほど抱えていたから、それもできそうになかった。。でも、「じゃあね、元気で」と別れの言葉を交わした次の瞬間、彼女は荷物を放り出して私に抱きついてきた。・・・泣けた。

他人の幸せを心の底から願う…なんてことは、実際のところそうあることではないと思う。逆を言えば、私の幸せを心から願ってくれる人なんてそうはいない。人生を過ごす間に親なんかも含めて、そんな人3〜4人ほどにでもめぐり逢えれば御の字、とても幸運な方だと思う。
私にとってジュリアは、そんな大切な存在。彼女がいつも幸せであってくれれば..と心からそう思っている。
いつかまた彼女に会うことができるのかどうかわからないけれど、願わくば、元気なうちにもう一度会いたいな。


Matisse / rbertoli74

ジュリアはフィリピン人。彼女の姉の後釜として、夫と幼い子供を残し20歳そこそこで異国の地に働きにやって来た。初めは人見知りが激しくナーヴァスで、果たして務まるだろうかと心配したが、一緒に暮らすうちに私たちはすっかり打ち解け合い、私は彼女を可愛がったし、彼女も私を慕ってくれた。
ジュリアはうちで10年務めたのちに帰国して、翌年には次男を産んだが、彼女はその子に日本名をつけたいと望み、その男の子は「Yuji Kichiro」という名前になった。うれしいねぇ。

今まさに、フィリピンのジュリアが住む地域に向かってどデカい台風が進んでいる。どうか彼女と彼女の家族に何事も起きませんように。



- - -《追記》- - -
この記事を再掲載したとき、とてつもなく大きな台風がジュリアの住む地域へと向かっていた。そして台風通過後には、死者、行方不明者あわせて100名ほどであるとの報道があり、ネットに流れる被害の様子は凄まじく、心配でたまらなかった。
何度電話をかけても通じず「後でかけ直すように」という音声が流れるばかり。何度目かにようやく呼び出し音がなるようになっても応答はない。そしてついに電話が通じて、受話器の向こうからひどい雑音に混ざったジュリアの声が聞こえてきた!
家族全員無事とのこと。よかった。家の被害やなんかについては聞きそびれてしまったけど、、無事であればそれでいい。あとは何とかなるよ、ジュリア。
声を聞いたのは何年ぶりだろう。無事でいてくれてありがとう。本当によかった。