つらい思い出

2017/05/07

*古いブログから(2016/07/08)

私、ここ数年は辛いことばかりで、いいことなんてほとんどなかった。(それでも、不幸中の幸いとか、地獄で仏とか、救いはあったけど...)

何もかも失って、這々の体で日本に戻って来て・・・、日本でも生活が苦しいことには変わりはなかったけど、それでも "自国である" という安心感は何ものにも変え難く・・・、長い海外生活を終えての引っ越しはオオゴトで、越した家は古くて汚くて、掃除はものすごく!大変なのに、夫はろくに手伝ってくれなくて、来る日も来る日も片付けに追われ・・・、夫に対する恨みつらみもたまりにたまって・・・、そんな矢先、夫の病気がみつかって・・・、そして、それから半年もしないうちに夫はシんだ。
帰国した日から一年も経っていなかった。


当時の私は、夫に対してものすごく腹が立っていて、お金さえあれば出て行ってやる!と、本気で思いつめていた。
それなのに、夫の病気を宣告された途端、妻としてできることは全てやろうと、すぐに心は決まった。
自分にも解せない不思議な感情だったが、こういうのが長年連れ添った夫婦の情..というものなのか?、それかもしくは、私の意地とかプライドなのか?、よくわからない。ともかく「妻としての責任を果たすゾ!」と強く思った。


そして、ネットで調べて、本を読み、病気を克服した人(多数ではないけど..)がいることを励みに、できる限りのことをやった。
夫は助からなかったのだから、やったことは十分ではなかったのだろう。が、それでも、私にあれ以上のことはできなかったと思う。


でも、やったことの効果は、一時は形となって現れた。
腫瘍は小さくなり、検査の結果がよくなった。だから私たちは勝ち目があると、そう思った。
それで油断してしまったせいなのか、、、悪い病気は、その強烈な力を見せつけ、まるで夫を暗い闇の中にズルズルと引きずり込むかのようにしてその命を奪って行った。
それは、あまりに急で、周りの私たちも、そして誰より夫本人が驚くような早業だった。


私は体調を崩し、四十九日までは本当にキツかった。けど、歯を食いしばって、頑張って頑張って夫を見送った。(夫は葬式代も残さなかった。こんなことって本当にあるんだわね。。)

その後、空き家になっていた実家に戻り、今はひとりと猫とで暮らしている。(つまり再び引っ越して、片付けに追われたってこと...)
私の実家であるから、この家に夫を思い出させるものはないが、今の私はそのことに救われている。
帰国してから夫がシぬまでのおよそ一年、この間のことを思い出すと辛くてたまらない。
例えば、整理する暇がなくてiPadの中に溜まりに溜まった写真。クラウドが一杯だから整理しなくちゃいけないけど、なかなか手が付けられなくて・・・、ようやく今日ちょっとやってみたけど、写真を見ると辛い。胸が張り裂けそうって、きっとこういう感じなんだ..と思った。


私は、辛いと感じると、すぐにそれと向き合うことから逃げ出す。だから、たぶんウツにはなりにくい性格だと思う。(それにウツになんかなってる暇もねえよ!)
けど、どれくらいの時が経てば、気持ちが楽になって、落ち着いた気持ちで思い出すことができるようになるんだろう? もしかしたら、もうそんな日は来ないのかしら?


Kitty / Ana Sofia Guerreirinho
これを書いた時から約10ヶ月が過ぎた。
私の辛い気持ちは”時間”に癒されずいぶん落ち着いてきたとおもう。メソメソ泣かなくなったし、辛かった時のことにも少しずつ向き合えるようになった。
それでも、自分の人生にはもう希望がない..という思いはまだ変わらないけど...、それでも、とりあえずは生きていく努力をしなければいけないと思っている。