hopeless

2017/06/01

*古いブログから(2016/07/18)

そう、絶望的。この先私の人生に希望などない。残っている少しの責任を果たしたら、速やかにシにたいと、本気でそう思う。長らえても、もういいことなんか何もないのだから。

この数年、不安でたまらない気持ちを「どうしようもなくなったらシねばいいんだ」と、そう自分に言い聞かせながらしのいできた。(これに対し、夫が「オレはずっと楽観的に過ごしてきた」と言うのを聞いた時は本当にオドロイタ。これってバランスが取れてるの?、それともどうしようもない性格不一致??)

その挙げ句、想像したいちばん悪いことばかりが現実になった。この年まで生きて、家族もなく一人っきり、しかも何も持っていない。が、それでも、住む家があり、こんなあほブログを書いている余裕もあり、いざとなれば、助けてもらえるという甘えも、どこかしらにある。
これほどにどん底だけど、姉が言うように「誰かに守られている」のかもしれない。希望はないけど、救いはある。とまぁ、そういうところ。。。



ただね、、、事態はだんだん..本当に階段を一段一段落ちるように..悪くなっていったから、耐えられていると思う。もしもこの不幸が一気に身に降りかかったとしたら、到底耐えられなかったろう。だんだんと積み重なっていく不幸に、私の耐性も徐々に適応していった・・・そんな感じかな。
去年夫が引っ越しの片づけを全く手伝わなくて、私はキィキィ怒りながら、一人で片付けをした。が、もしも、夫と二人仲よく片づけをしていたとしたら・・・、その後一年以内に夫がシに、今度は一人で引っ越しするなんて辛くてたまらなかったろう。
でも、去年大変な思いをしたからこそ、「大丈夫、できる。また一人で片づければいいんだ」って、そう思えたんだよね。



ウツになんかなってる暇はない。というか...たぶん私の性格はウツにはなりにくいんじゃないだろうか? ないものねだりしないし、諦めもいい性質(たち)だから。
とはいえ今はまだ、辛かったり苦しくなったり..胸が痛くなることもしばしばある。これが治まるには、まだまだ時間が必要なんだろうな。


それが幸いであるのか、不幸であるのかわからないけど、今の私にはまだ、私なりに "生きるべき理由" というものがある。それもいつかはなくなるんだけど...、しかし、どうせそれまで生きるのなら、何かしら目標を持っておく方がよかろう。
・・とそう思ったので、"薔薇を復活させる"、そして"自転車に乗れる人になる"..と、この2つをとりあえずの目標にした。こういうノーテンキでバカらしいところが、ウツにはなれない理由なんだわね、きっと。。



Cat on watch. / mru24

そうなの、自転車を買ったのよね。
でも、一年以上置きっぱなし。。暑くなったからとか、寒いからとか理由をつけて練習しないの。
大人に自転車教えてくれるところがあるらしいから、そこに行こうかなぁ。本当は日本に帰ったら、夫が自転車の乗り方を教えてくれる約束だったんだけどな。。